突然、痛みが消えた。これが死ってやつだろうか。意外にあっけないものだ。
違う。俺ののどにはいまだ殺女の手が絡み付いているし、冷たい視線も現実のものだ。じゃあ、なぜ…?
視界の端に何かが引っ掛かった。水瀬。殺女に投げ捨てられた剣が不様に転がっている。
何故だろう…?そこまで跳べる気がする―
「え?」
気が付いたとき、俺の足下に愛刀があった。
なんで…?
訳の分からぬまま、とにかく剣を拾い上げた。
「こやつ…もしや…?」
殺女も、呆気にとられたようにこちらに振り向いた。所在なげな右手が上がったままだ。だが、間髪入れずに気弾を放つ。真っ直ぐ、俺をめがけて。
―よけなきゃ…
頭ではわかっている。しかし体が言うことを聞かない。さっきのダメージがまだ残っている。
―右に…
気弾が俺がいたところを抜けてゆく。
俺は右側に、数メートル離れたところにいた。足は一歩も動いていないのに…
「こいつは…!」
なんだかよくわからんが、こいつはいける!
「ふん…それでこそ我が妹よのぅ」
殺女の手が再び気弾を吐き出す。今までになく大きく、集束している。
怖くはなかった。沸き上がる自信が俺を突っ込ませる。
―あいつの向こうに…跳ぶ!
念じた瞬間、体が浮いたような感覚がした。背後に殺女の気配。この間、一刹那にも満たない。
「たあっ!」
振り向きざま、袈裟懸けに打ち据える。確かな手応え。
「ふっ…わらわに一太刀浴びせるとは、誉めてつかわす…」
それだけ言うと、殺女の体が崩れ落ちた。空気を圧迫していた波動が止む。
―パチパチパチ
拍手しながら、母さまと南雲が近付いてくる。母さまは歩いて、南雲は小走りに。
「見事です、静女。源流退魔術奥義、『空間跳躍』、よくぞ会得しました」
母さまは俺に触れ、短く文言をつぶやいた。体中の痛みが嘘みたいにかき消える。
「ううん…」
南雲に半身を抱き上げられた彩―もう、彩だ―が艶っぽい声をあげた。母さまが治癒術をかけ、あの紅い紐で髪を優しく結い上げた。
「静女ちゃん、ひどぉい…もっと優しくしてくれると思ってましたのに…」
うらめしそうな声で言うが、顔は笑っていた。殺女の嘲笑ではなく、彩の微笑みである。
「…よかったですね、静女ちゃん…」
俺は熱いもので胸がいっぱいになるのがわかった。たまらず、彩に抱きつく。柔らかくて、温かい感触を確かめ、そして言った。
「ありがとう、お姉ちゃん…」


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