目の前に石がある。子供の頭ほどもある、丸い石だ。
呼吸を整え、精神を集中する。体の奥から力が沸き上がるのがわかった。
「頼むぞ、水瀬…」
愛用の木刀―“水瀬”という―を握りしめる。気炎がほとばしり、刀の肌を舐めた。一度燃え盛るように噴き上がり、また集束する。
「破ッ!」
気合一閃。真っ直ぐに振り下ろされた水瀬は、石を両断した。気炎が地面をも黒く焦がす。
「…だめだ…」
俺は吐き出すように呟いた。こんなことは、以前からできる。それではだめなのだ。
「くそっ!」
割れた石があざ笑っているように見えて、思い切り蹴飛ばした。気は全然晴れなかった。
―もう、普通の鍛え方じゃだめかな…
地面に寝転がり、ぼうっと空を見た。半分青くて、半分赤い。昼の青と夜の黒をつなぐ、ひとときの赤。夕焼けが全てを染めるのも、間もなくだろう。
夕焼け…?
「やばっ!」
鍛錬に夢中で、母さまとの約束を忘れていた。母さまは約束事に厳しい。破ったときには、何をされるか―思い出したくもない。
俺は水瀬を拾い上げると、夕日の道を駆けていった。


―それから数日。俺は悩みを抱えたまま、悶々としていた。
親父や母さまには言えない。あの人達は、力に溺れるのを恐れているからだ。
彩に言うなど、論外である。あの世話好きは何をしでかすかわからない。
「ふうっ…」
自然と溜め息が出る。ふと上げた視線の先に人影があった。
南雲。夕暮れの校門でたたずんでいるのは、間違いなく南雲優糸だった。いつもは彩が待っているのに、珍しい。
俺は直感した。こいつだ。
「南雲せんぱーい」
駆け寄りながら名を呼ぶ。声が猫なで声になっているのがわかった。自分でもちょっと気持ち悪い。
「静女ちゃんじゃないか。何か?」
南雲が振り向き、微笑みかける。普通の娘なら何か感じるだろうが、あいにく俺には興味がない。
「ちょっとお願いが…」
俺がちょっとためらっているのを見、南雲は手で促した。
「俺、いや、わたしに、稽古つけてくださいますか?」
「ああ。いいよ」
答えはいやにあっさりしていた。こちらもちょっと拍子抜けした。
南雲は今すぐとはいかないけど、と言って日時を指定した。
ヤケに用意がいいな、とは思ったが、その時は気にせず、一礼して別れた。
この時、既にはめられていたことに気付くはずもなかった。

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