第8章 秘密と告白

「ようこそ、キティ」
「お前が、その名で呼ぶな。…用件をさっさと言ってもらおうか」
 無表情でそう返すキルスティーン。
視線こそ、ルークの方に注いではいたが、感覚は周囲に向けられていた。
 幸い、周囲に誰かが潜んでいる気配はなかった。
「そうだね…。はっきり言って、今の僕には、邪魔な人物が3人もいるんだよ。一人は兄さん、一人はマリエ王女、そしてもう一人はキティ、君だよ」
「何の話だ」
キルスティーンは、きっ、とルークをにらみつけながら尋ねた。
「はじめ、僕はマリエ様を王位につけて、政治に助言するつもりだった。けど、マリエ様が、僕の計画を知ってしまったらしく、僕は嫌われてしまった」
 ルークは、相変わらずの軽い口調で、なおも続けた。
「そこで、『プラン2』。兄さんを王位につけて、殺して、すり替わる。誰も疑わないさ。…だって双子だからね」
「…!なぜそうまでして、王位に固執する!?」
「それこそが、僕の秘密なんだよ」
 不敵に笑ってみせる。
 キルスティーンの背筋に悪寒が走る。
「で、最後、もう分かったね?マリエ王女が邪魔、ということは、君も邪魔なんだよ」
 瞬間、ルークの手に力が収束していく。
 −!これは、『紅の月』の法術!
 キルスティーンは素早く剣を抜いた。
一つのカケだった。うまくいけば、ルーンが発動するはず!!
 瞬間、周囲に風が巻き起こり、こちらに向かって放たれた光球は目の前で消失した。
ルークはそれを見て、少し驚いた様子で言った。
「へぇ、そう易々とはいかない、って訳か」
「安心しろ、殺しはしないさ…っ!」
 そう言って剣を構え、踏み込んだその時、不意にキルスティーンの足から力が抜けた。
「なっ…!?」
 驚愕と共に倒れ込むキルスティーン。ルークは静かにこちらに足を進め、倒れ込んだキルスティーンを見下ろした。
「らしくない、ね。キティ。さて問題です。君に使った法術は『蒼の月』、『紅の月』の法術どちらでしょうか?」
「まさか…そんな…何…で…?」
 体が震えている。力が入らない。
「そう、『蒼の月』の法術だね。『蒼の月』、『紅の月』を何で同時に使えるのかって?」
ルークは続けた。
「兄さんに使えて、ぼくに使えないわけないだろ?」
 そして、その顔にぞっとするくらい冷たい笑みを浮かべた。
 キルスティーンが、覚悟にぐっと唇をかんだその時、不意にどこかから、呪文の詠唱が聞こえてきた。
同時に、キルスティーンの呪縛が解ける。
「兄さん、やっぱり来たんだ」
「…」
 ルークの視線の先には、先程の言葉に無言で答える、ビショップ。
「で、なにしに来たワケ?まさか、兄さんにこの僕が止められるとでも思ってるの?」
ビショップは目を伏せたまま、静かに言った。
「兄として、なんとしても止めなければならない、そう思った」
「僕にとっては、なかなか良い状況だよ。邪魔な人間がこの場に二人もいるんだから。手間が省けるよ」
「三人、よ」
 ソプラノの澄んだ声。マリエ王女。
「大丈夫ですか、キルスティーンさんっ!!」
 ティエルが駆け寄る。
「…どうしてここに?」
「マリエ様が、どうしても、と。俺も…よく分からなかったんですけど、あまりにも真剣に仰るんで…来てみて正解でしたね」
 手を引きながらレイガーが言う。
「キティ、どんなに上手に隠し事しても、私には分かること、忘れたの?」
 マリエはキティに優しくそう言うと、顔を上げ、まっすぐにルークを見据えて、言った。
「私はあなたの計画を知っていました…」
 ルークは冷たい笑みを浮かべたままだった。
「もう、どうでもいいんですよ、そんなこと。俺はあんた達を殺す。それでお終いだっ!!」
 性懲りもなく、『紅の月』の法術を駆使してくる。
 マリエ達の前に、一つの影。その手に握られた剣はすべての光球をそのまま一閃。
「お終いになんかさせない…!!」
「シルディオン!」
「まだ邪魔が入るのかよ!」
 さすがのルークも思わず舌打ちする。
「いい加減にしないか!そこまでして、王になってなにが在る?」
ルークはビショップをきっ、とにらみつけた。
「…兄さんにはわからないさ…。俺はあんたが嫌いだった。疎ましかった。同じ血の流れる双子だってのに、父さんも、母さんも、兄さんのことばっかり!俺がいくら、学校でいい成績を取って帰ってきても、競技会で一番になっても!」
ビショップが再び怒鳴る。
「ルーク!」
「だから…だから兄さんなんて大嫌いだっ!」
同時に、手に光球が生まれた。怒りにまかせて放ったそれは、ビショップの肩を薙いだ。
「…!」
傷口を押さえながら、その場に膝をつく。
ルークはその姿を見て、狼狽した。
「何で…何で避けないんだよ…何で回復魔法を使わないんだよ!?」
なにをしたいのか、自分でもわからない。
ビショップは額にうっすらと汗を浮かべながら、呟きともとれる声で言った。
「私は…お前が羨ましかった。何でもできる…父さんと、母さんの、『期待』という名の枷の無い…お前…が」
「勝手なことばかり…!冗談じゃない!俺は…っ!」
 何でも手に入った。
地位も、人望も、財も、技術も、自分のほしいと思うものは何だって手に入った。
 本当に、切に欲しいものの他は…全部。

 誰かに『愛される』ことの他は全部。

 望みは分かっていた。でも、声にならない。

 刹那、柔らかい手がルークに触れた。マリエが目に涙さえ浮かべてルークにすがりつく。 
マリエが、眉をひそめながら、悲痛な叫びをあげた。
「もう、…もうやめてっ!王位が望みなら渡すから、だから、もう『その理由』で人を殺すなんてしないでっ!」
 その場の空気が凍る。王女は、ルークが王位に固執する理由を知っている…?
「マリエ様…!?」
 一同が驚愕の声を上げる。
「もう…。あなたの気持ちが、苦しいまでに…痛いほどに、伝わってくるから。だから…だから、もうこんなことは終わりにして…!」
「…な…っ?」


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