第6章 それぞれの想い

「剣はどうする?」
「これを借りることにします」
 そう言ってシーディは、隅の棚に並んだ剣の一本をとった。
 それは、剣と言うよりも、むしろ、刃のない練習用の『鉄の棒』だった。
「真剣では、取り返しのつかないことにもなりかねませんから」
「では、私も」
そう言ってキルスティーンは、普段、自分が持っている剣と同じくらいの長さの剣を手にした。

「いくぞ」
「いつでもどうぞ」
 その声を皮切りに、キルスティーンが踏み込み、細い腕で、いとも簡単にその大きな剣を操る。 −キィンッ
 剣と剣のぶつかる音が稽古場に響く。
それが何回か続いて、シーディは自分の考えを改めずにはいられなかった。
 はじめ、シーディは心のどこかで「所詮、女の剣技」と思っていた。だが、キルスティーンの剣さばきはかなり鋭く、それは少なからずシーディを焦らせていた。
「はあぁぁぁぁっ!!」
 −ガッ!!
 キルスティーンからの一撃。重い。女の力とは思えない。
 返せはしたが、このときシーディは心に決めた。
『手を抜くのはキルスティーンに対して失礼だ』
と。
 返されてもなお、キルスティーンは攻撃の手をゆるめはしなかった。

 どこか…こう…一心不乱なような…自分では整理の付かない『想い』を振り払うかのように。
何が彼女をここまでさせるのだろう?
 再度大きく剣を振りかぶる。速い。しかし他の攻撃に比べればやはり隙が生じる。
 シーディはここしかないと判断し−
 −ガギィンッ
 キルスティーンの剣が弧を描いて地面に落下する。
 どうやら上手く剣だけを弾くことが出来たようだ…。シーディが安堵のため息をもらす。
「…私の…負けか…」
 キルスティーンはそうつぶやいて、地面にへたり込んだ。
「立てますか?」
手をさしのべたその時、シーディは気が付いた。キルスティーンの頬を涙が伝っていく。
「…っ、すまない…」
キルスティーンは思わず顔に手をやった。
「…私は、お前に嫉妬しているんだ。…私でさえ取り戻せなかった…マリエ様の笑みを…お前はあんなにも簡単に…!」
うつむいて、唇をかみしめながら、吐き出すように言葉を紡ぐ。
「それは違います。結局のところ、マリエ様の笑みを取り戻したのは…あなた自身です。俺はそうなるように話を持っていっただけですから。俺にはあなたのような強いつながりはありません。でも、あなたにはそれがあったから、…マリエ様はあそこで『笑った』んです」
 そう言って、シーディはキルスティーンの肩に手をやった。
 キルスティーンは、ぽつりぽつりと話し出した。
「私は弱い女だな。マリエ様を守るために…強くなろうと決心したのに」
「出てくる涙を無理に隠そうとする必要はありません」
「…!」
「『泣かないこと』が『強さ』ではない。『絶望』しても、再び前に進めること、それがが『強さ』だ。…最近、気が付いた言葉です」
キルスティーンは立ち上がり涙を拭った。
「−−お前は不思議なやつだな。言葉の一つ一つが…自分の内に響いていくみたいだ…」
そう言って笑ったキルスティーンの顔は本当に「綺麗」だとシーディは思った。

 それとほぼ同時刻。
「…今の話は本当か?」
「はい。マリエ様はすでにあなたのことに気が付いておられます」
 そう言ったのは、マリエが倒れたときに駆けつけていた臣下の中の一人だった。
その言葉をうけて、銀の中途半端な長さの髪をなびかせながら、彼−ルークは振り返った。
「チッ…。なら仕方がないな。もう王女を推す理由はない。兄貴の側にまわるか。しっかし…何処から漏れたんだか…」
「キルスティーンが、あなたの計画を自ら王女に話すとは思えませんし」
「そうなんだよなぁ。キティは、王女に負担をかけまいとしてるからな。俺に対する態度でも、『男嫌いのキルスティーン』っていうことがあるから絶対ばれないと思ってたのに」
 ルークは、はぁ、とため息を付いた。
「今、兄貴の評判はどんな感じだ?」
「あまり芳しくはないようです。やはり頭が固いというイメージがあるので…」
臣下は言葉の最後を濁した。
「兄貴の性格を変えるのは無理だからな。堅物め…。と、なると、やはり…。あぁ、ご苦労だったな。もう下がってもいいぞ」
「はい。新政権が実現した暁には、私を重臣にしてくださるというお約束、どうぞお忘れなく」
「解ってる。まかしとけ」
臣下が部屋から出ていった後、ルークは一人つぶやいた。
「…キルスティーンが邪魔だな」
と。


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