第5章 依頼

 次の日。
「ねぇねぇ、次は何処の町に行くの?」
ティエルが尋ねる。
「…そうだなぁ、ここからだったら…『ヤンエ』の町で海水浴とか…」
地図を片手に、レイガーが冗談交じりに話す。
「おいおい、諸国漫遊をやってるわけじゃないんだぞ。そろそろ仕事を探さないと資金が…」
シーディが苦笑する。
 そんな会話を交わしながら、出発の支度を整えていたシーディ達。
 そこへノックの音がした。
 ドアを開けると、そこには召使いらしき女性が一人立っていた。
「マリエ様がお呼びです」
「なんで俺を?」
「詳しくは私も分かりませんが、とにかく来ていただきたい、とのことです」

「マリエ様、シルディオン様をお連れしました」
 兵士はドアを開け、そう告げた。
部屋にはベッドから上半身だけを起こしているマリエと、その傍らにはやはり、キルスティーンがいた。
「ありがとう。もう下がってもいいですよ」
それで兵士が去るのを見計らって、マリエは、キルスティーンの方に向かって言った。
「キティ、ちょっと外してくれる?」
「…はい。分かりました」
キルスティーンは不安そうな顔でドアまで行くと、マリエに声をかけた。
「何かあったら呼んで下さいね」
それを聞いてシーディは苦笑した。
「俺は何もしませんよ」
「…ふん」
どうやらシーディが笑ったのが気に入らなかったらしい。
 くるりときびすを返すと、さっさと出ていった。
「それで?旅のものに何の御用でしょうか?マリエ様」
「あなたが助けてくれたのね」
「…昨日の話ですか」
「どうして助けたの」
視線を掛け布団の上に落としたまま、ぽつりと漏らす。
「質問を質問で返すようで申し訳ないんですが、あなたはなぜ死にたがってるんですか?なぜ自分で手首を切ったんです?」
目も合わせず、口をつぐんだままのマリエを見て、シーディは続けた。
「これは…あくまでも俺の仮説です。マリエ様、あなたは…本当は死にたがってなんかないんじゃないですか?」
マリエはその言葉にはっと顔を上げた。顔に少し動揺の色が浮かんでいる。
「…どうしてそう思うのかしら?」
「本気で死のうと思っている人間は、周りに何もないところで、死のうとします。物音なんかがして、人に来られて助けられてしまう可能性を懸念してね。そう、花瓶が割れて、その物音を隣の部屋で本を読んでいた人間に気付かれることの無いように」
マリエはひどく悲しげな顔をして、言った。
「あの人にとって…私は道具でしかないから。『壊れ』たってすぐに代わりを見つけてくるわ」
「あの人?」
「ルーク・リアム・ギーベル。ここの大臣の椅子を狙ってる。…優しい言葉はうわべだけ。私もはじめは、本当に優しい人で、この国のことを親身になって考えてると思ってた。でも私は、気が付いたの。ルークは、危険だと」
「…」
シーディは黙ってマリエの話に耳を傾けていた。
「あの人の目的は自分が大臣になること。あんな人に利用されるくらいなら…私は…」
 シーディはマリエにその先を語らせなかった。
「そんなことを言うものではありません」
 マリエははっとシーディの顔を見た。
こちらを見ている目は真剣そのものだ。
 漆黒の瞳に吸い込まれそうになる。
「居なくていい人間などこの世に存在しません。誰にだって…悲しむ人がいるから。あなたが、利用されているのが解っているなら、はねのけるっていう選択肢もあるでしょう?『死』という解答を出すのはまだ早いと思いますが?」
 マリエは眉をひそめた。
「…ごめんなさい」
シーディは目を細めた。
「謝ることはありません。それよりも、笑ってください」
「え?」
「…キルスティーン様はあなたの笑顔が見れなくて残念がっていると思いますよ?…そうですよね?キルスティーン様?」
マリエが「えっ」と言う顔をしていると、ドアを開けて心底具合が悪そうにキルスティーンが入ってきた。
「…っ、すいません!マリエ様!席を外すようにと言われたのに…私は…」
キルスティーンはただただ頭を下げた。言葉の最後は声にならない。
 そこへシーディがさりげなくフォローを入れる。
「ほら、こんなに心配してますよ」
マリエは神妙な顔つきで静かに言った。
「キティ…。立ち聞きはあまり良い趣味とは言えないね」
「申し訳ありません!」
「罰として、今日、私を買い物に連れて行くこと!」
そういって、11才の子供らしく、無邪気に笑った。
 キルスティーンは顔を上げると一緒になって笑った。

 それは城の人々にとって本当に久しぶりの光景だった。
 マーケットのあちこちから、マリエとキルスティーンに人々の視線が注がれる。
「なんか…目立ってるね。私たち…」
 ティエルがあたりの視線を気にして言う。
「まぁ…何てったって一国の王女が、城下に普段着で買い物に来てるんだから…」
レイガーが頬をかく。
 成り行き上一緒に行くことになってしまったシーディ達。
シーディは先ほどの会話の後のことを思い出していた。

あの会話の後−。

「ねぇキティ、この方達ならどうかしら」
「『どう』…って?」
困惑するキルスティーンにマリエは明るく言ってみせる。
「私の護衛。私としてはぜひお願いしたいんだけど…」
「へ?」
「ああ、その話ですか」
キルスティーンは、いきなりの話に面食らっているシーディをみて、
「確かに、この方達はモンスターを撃退してくれましたし、何よりマリエ様が信用しているのでしたら問題はないでしょう。しかし、当人の意志はどうでしょうか?」
こう尋ねた。
 シーディはしばし考えてから言った。
「とりあえず、あの二人にも聞いてみます。ですが、あの二人がどう返答しようと、俺はこの依頼、ぜひともお受けしたいと思っています」

 そんなわけで、ティエルとレイガーは当然OKし、現在、王女についているのだった。
 しかし…
「とてもじゃないけど、一国の、しかも命を狙われているかもしれない王女がこんな人混みの中を買い物になんか出かけたりしないよなぁ…。いつ狙われるか分かったもんじゃ…」
シーディの漏らした言葉をキルスティーンは聞き逃さなかった。
「それを回避するのがあなた達の任務だ」
相変わらずつっけんどんに返される。
 しかし、シーディ達の不安は杞憂に終わり、その日は何事もなく城に帰ることが出来た。

「マリエ様は?」
「今、お休みになられた。よほど疲れていたらしい」
 久しぶりに町にでて疲れてしまったのか、マリエは帰ってきた途端、すぐに眠ってしまった。
キルスティーンは少し考えたようなそぶりをしてから、シーディに向かって突然言った。
「ちょっと来てほしいところがあるんだが」
「なんですか?」
 シーディは不思議そうにキルスティーンを見た。
「いいから」
 そうやって、半ば強制的にシーディがつれてこられたのは、城内にある広場だった。
「ここは…」
「この城の兵士達の稽古場だ。初めて見たときから、あなたとは、一度、手合わせしたいと思っていた」
 シーディはキルスティーンを一瞥してから、
「悪いけど、遠慮しておきます」
そう返して、自分の部屋へと戻ろうとした。
「私が女だからっていう理由からならやめてくれ」
キルスティーンは相変わらずの強い口調をシーディの背中にぶつけた。シーディは何も言わずに振り返った。キルスティーンは続けた。
「確かに、私は女だ。だけどそこらの男よりも間違いなく腕は立つ。…頼む」
「…わかりました」
 シーディとキルスティーンは稽古場へでていった。
 日が暮れるにつれて、空気が冷たさを帯びてきた…。

 
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