第4章 夜U
「マリエ様!」
慌てて、マリエを抱き起こそうとするキルスティーン。
「早く止血を!」
シーディは言いながら、咄嗟に自分の髪をまとめていた紐を解き、止血した。
その時シーディは気がついた。
マリエの手首には同じような傷跡が、他にも何本か付いていた。
その傷跡の意味するところは…。
「どうかなさいましたか!?」
その時、臣下達が先刻のキルスティーンの声を聞きつけて、駆けつけてきた。
「…あいつに頼むのは嫌なんだが…。誰か!ビショップを呼んできてくれ!」
突然のことに面食らって呆然としている臣下達にキルスティーンは再び怒鳴った。
「早く!」
その言葉に、臣下達は弾かれたように駆け出し、ビショップと呼ばれる人物を慌てて呼びに行った。
すぐにやってきた、ビショップを見て、シーディはその男に見覚えがある気がした。それもそのはず、彼は昼間会った、ルークの双子の兄である。
「マリエ様…。またですか?」
ビショップはため息混じりにそう言うと、キルスティーンに抱えられたマリエの横に、ひざまずいた。そして祈るような仕草で何事かつぶやいた。
その言葉が発せられると、マリエの傷が完全ではないが、塞がった。
「…とりあえず、差し当たってはこれで良いでしょう」
「夜分申し訳ない。ビショップ」
そう言うキルスティーンにビショップは無感情に言った。
「…こちらも仕事ですから。では」
ビショップは自分の部屋へと帰っていき、臣下達もバラバラと戻っていった。
「蒼の月の法術ですね。今の」
シーディの言葉に、マリエの血を拭いながら、キルスティーンが答える。
「良く知っているな。その通りだ」
キルスティーンは、はぁ、とため息をついて言った。
「あいつに頼むのは嫌なんだ…」
「『ギーベル派』の中心人物だからですか?」
「まぁ、そんなところだ」
「さっき、『また』って言っていましたが、前にもこういうことがあったんですか?」
その問いにキルスティーンが身体をこわばらせた。
「そうなんですね?」
シーディが先を促す。
「そうだ…これで三回目だ」
キルスティーンはひどく悲しげな顔をした。
「先王が死んでから…マリエ様は笑わなくなった。私に対しても、以前のように笑ってはくれない。…つらいな、やっぱり…」
そこまで言うとキルスティーンは、いつもの、少し怒ったような顔に戻り、一人吐き出すようにつぶやいた。
「なんでこんな話をお前に…。そろそろ出ていってくれ」
キルスティーンはシーディを見ようともしない。
「人を笑わせようと思うのなら、まずは自分が笑うべきだと思います」
シーディはそう言い残して部屋を出た。
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