第3章 夜T


 シーディ達が案内された部屋は、城内の一室と言うだけあって、かなりすごしやすそうな造りになっていた。
「この部屋をお使いください。あと、夕食の時はクローゼットに入っている服をお召しになって下さい。夕食は1時間後となっております」
 レイガーとシーディにそう言うと、その召使いはティエルを隣の部屋に案内するため、出ていった。
「何か、やな感じだよなー。この城」
「…王権を争って険悪な雰囲気になる…よくある話だろ?」
 シーディが荷物を整理しながらクールに答える。
「おまえさーそれって冷たすぎない?」
「地だ。仕方ないだろ?」
 荷物を部屋に備え付けの棚に置いたところで、ノックの音がした。
「は〜い」
レイガーがドアを開ける。ティエルだった。
「こっちの部屋も同じ造りなんだね。…あ、こっちの部屋からは海が見えるんだ」
 ティエルが窓の縁に手をかける。
 窓を開けると、涼やかな風がすぅ、っと部屋に入ってきた。
 ティエルの美しい黄昏色の髪が揺れる。
 その情景が、シーディとレイガーに先の出来事を思い出させた。
 そんなレイガーは、ほとんど無意識のうちにティエルの手を握っていた。
「…レイガー?どうしたの?」
「いや、…その…、また前みたいに…」
 決まりが悪くなって思わず目を伏せるレイガー。
「飛び降りる、とでも思った?…大丈夫だよ。もう、そんな理由ないもの」
 そう言って、優しくほほえんだ。
「あ…」
「どうかしたのか?レイガー?」
 シーディが思わず窓の外に目をやった。
「…今、月が昇る」
 見ると、水平線から今まさに月が昇ろうとしていた。
「きれい…」
 ため息混じりにティエルがつぶやいた。
「月、か。そう言えば、二人とも、こんな話は知ってるか?蒼の月と紅の月の話」
「ううん。知らない」
「俺も。どんな話だ?」
 シーディはベッドに腰掛けた。二人もそれにならう。
「昔、母に聞かせてもらった、寝物語だ」

 その昔、世界がまだ、混沌から秩序になったばかりの頃、双子の神がおりました。
 二人は大変仲が良く、いつも一緒でしたが、ある時、小さなすれ違いが二人の間に大きな溝を作ってしまいました。
 その後、二人は天に昇り、仲直りすることもありませんでした。
 幾千年経った今でも、決して二つの月は同じ夜空に見えることはないのです…。

「小さなすれ違い?なんだろう?」
ティエルが首を傾げた。
「さぁ、な。そこまでは伝わっていない。…ああ、そう言えば、紅の月は『力』を、蒼の月は『癒し』を司る。どちらか一方の月を信仰し、加護をうけると、法術が使えるとされているらしい」
「へぇ。使える人、いるかな?」
レイガーが何気なく聞いた。
「信仰心さえあれば割と誰にでも使えるらしいぞ。…といっても、さっき言ったみたいに二つの月は相反する力だから、両方一緒に使える人間はいないらしいがな」
「その点、ルーン魔法は色々使えて便利ね」
ティエルが得意そうに顔をほころばせる。

「…と、そろそろ夕食の時間じゃない?」
壁の時計を見て、ティエルが言った。一緒にシーディもそちらを見る。
「本当だ」
「じゃあ、私、着替えてくるから」

それから数分もたたないうちにノックの音がした。
「準備できた?」
「オッケーだよ」
 レイガーの返事を待って、入ってきたのは、用意されていただろうドレスに身を包んだティエルだった。
 淡い黄色をした、飾り気のない、シンプルなデザインのドレスだったが、それがまたティエルによく似合っていた。
「とってもよく似合ってるよ」
レイガーが言う。
「そう?ありがとう。二人もその服、よく似合ってるよ」
ティエルはにっこりと微笑んで見せた。
「準備はよろしいですか?食堂の方に御案内いたします」
 先ほどの召使いの案内で、三人は食堂の方に向かった。

 キルスティーンを交えた食事は特に何事もなく終わり、三人は部屋に戻っていた。
が、しばらくして、シーディが急に立ち止まった。
「…どうかしたのか?」
レイガーが尋ねた。
「いや、今気がついたんだが…食堂に忘れ物を…。取って来る。先に部屋に戻っていてくれ」
 嘘をついた。
 本当は何も忘れてなんかいない。
 でも、
「俺はそんなに野暮じゃないんだよ…」
 そう、頭の中で言ったとき、シーディはふと、自分の中で『あること』を感じた。
 ちょっと前から感じていたような気がする。レイガーとティエルの二人との間に感じる…
 これは…疎外感…?

「何をふらついているんだ?」
 はっとして前を見ると、キルスティーンがいた。
 と、いうことはマリエ王女はもう寝てしまったのだろうか。
 そんなことを一瞬思ったが、とりあえず、シーディは説明した。
「…よく言うでしょう?『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて地獄行き』って」
「ああ…そういうことか」
妙に納得するキルスティーン。
「だが、あまり城内を無断でふらつかれると私が困るんだが?」
やっぱりなんだか口調がとげとげしい。
「かといって部屋に戻るわけには…。そうだ、図書室はありますよね?使わせてくれませんか?」
「図書室…くらいならまぁいいだろう。こっちだ」

「本が好きなのか?」
「ああ、小さい頃から色んな本を読んでます」
 キルスティーンの質問に本を指さし確認しながら答えるシーディ。
「どの位いるつもりだ?」
「そうだな…今…時だから…。えーと、あと二時間くらい居たいんですが、いいですか?」
「そのくらいならまぁいいだろう。残りの二人には図書室に行って本に熱中してると言っておくぞ」
「ああ、頼みます。多分俺達の部屋の方にいると思います」

 そうして約束の二時間も近づいた頃だろうか。
 ─カシャン
 本を元の場所に片づけていたシーディの耳に何かの割れるような音が飛び込んできた。
「隣の部屋か…?」
 何となく気になったシーディは図書室から廊下に出てみた。シンとした夜の静寂が廊下を包んでいる。
「音がしたのはこの部屋だが…」
その扉の装飾や材質は明らかに他の部屋とは違っていた。
「何やってるんだ?」
 不意に後ろから声をかけられた。振り返ってみると、キルスティーンが鍵を片手に訝しげな顔で立っていた。
「あ、いや…。ここの部屋から何かが割れるような音がしたから…」
「ここはマリエ様のお部屋だ。…って、何かが割れるような音?」
「ええ」
キルスティーンの顔色がさっと変わる。
「マリエ様…!」
 慌ててドアを開け、中にはいる。鍵はかかっていなかった。
倒れた椅子、砕けたガラスの花瓶、あたりに散らばったディーヴァの花…。
そして、冷たい床の上には、自らの血で左腕を真っ赤に染めたマリエがぐったりと横たわっていた。


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