第2章 王女
城は町の中心部にあった。三人はマーケットを見ながら、のんびりと、城に向かっていた。
と、その時。背後から絹を裂くような悲鳴と轟音が聞こえた。
「何だ?」
驚いて振り返ると、土煙に紛れて数体の異形の魔物──モンスターが町の中に進入してきていた。その姿にあわてふためき、逃げまどう人々。
「…ここはやっぱり止めないとまずいよな?」
余裕の笑みで言うレイガー。
「近頃身体を動かしてないからな。油断は禁物だ」
冷静に状況を判断し、剣を抜くシーディ。
「来る!」
ティエルの声と同時に、戦闘が始まった。
「『ケーナズ』!」
ティエルのルーン魔法が発動する。
それと同時にモンスターの何体かが紅蓮の炎に包まれ、慌てて逃げていく。
「手加減して。…やっぱり殺すのはしのびないから」
「分かった。追い返すだけだな」
レイガーが鳥人族特有の軽いフットワークで近づき、ティエルの言葉通り、殺してしまわないように攻撃を加える。
「…殺さないようにって言ったって…難しいな」
シーディが困惑したように言う。剣は抜いてはいるが、刀身の腹で打撃を加える事に切り替える。
「割と早く片づいたな」
レイガーがため息をつきながら言った。
「こっちです!」
町の人がお偉方を呼んできたらしい。
「モンスターを追い払ってくれたようで…。ありがとうございました」
駆けつけてきた兵士の中の一人が三人に丁寧に礼を述べた。威厳のある風貌から、おそらく隊長クラスの人物だろうと思われた。
「あの…。すいません。キルスティーンと言う方に会いたいのですが」
話が一段落してから、ティエルが言った。
「キルスティーン様がどうかなさったのですか?」
「昨日の晩、あの人が忘れていったものを届けたいんです」
ティエルは件のペンダントを見せ、昨晩のことの顛末を彼に話した。
「そう言うことでしたか…。ついて来てください。城まで御案内いたします」
城に着くと、キルスティーンのいるであろう中庭に案内された。
中庭はディーヴァの花が咲き乱れ、キルスティーンと、一人の少女がそこにいた。少女は、中庭の脇に植えられた木の下で、ぼんやりと日向ぼっこをしているようだった。
その少女はつややかな黒髪を腰のあたりまでのばし、雪のように白い肌をしていた。しかし、シーディが不審に思ったのは、その肌の白さはむしろ病的な白さで、青白くも見えたことだった。
「キルスティーン様ぁー」
兵士が回廊から、城の中庭にいるキルスティーンを呼んだ。キルスティーンはこちらを見ると、一緒にいた少女に二言、三言、声をかけてからこちらにやってきた。
「どうしたんだ?」
「この方があなたに忘れ物を届けにきた、と」
ティエルがすぃ、と前にでる。
「これ…昨日バーに落ちてました。あなたのではありませんか?」
ティエルの差し出したペンダントを見て、キルスティーンはあっ、と言う顔をした。
「あなたが拾ってくれたのか。本当にありがとう。探していたんだ」
ペンダントをティエルから受け取り、首にかけると、ティエルに向かって言った。
「あなた…名前は?」
「ティエルです。ティエル・セルツァー。あっちの髪の長い方が、シルディオン、髪の短いのがレイガーです」
「私の名前はキルスティーン。キルスティーン・ディノ・カーシーザーだ」
そう言って手を差し出した。ティエルもそれに応じる。
「そう言えば…あなた方にも紹介しておくべきだな。マリエ様にご紹介したいので、少し、来てもらえるか?」
そう言って、キルスティーンが先ほどの少女のところまで三人を連れて行った。
「マリエ様。こちらが、先ほどモンスターを追い払ってくれた方々です」
キルスティーンがうやうやしくそう言うと、少女は立ち上がり、深々と礼をした。
同時に、黒壇のような髪が風に揺れる。
「私の名はマリエ・エアハルト・レムザウアーと申します。民を救ってくださり、誠にありがとうございました。亡き父に変わり、礼を言わせていただきます」
ティエルが優しく微笑む。三人は丁寧にあいさつを交わした。
「あなた方にお礼をしなければいけませんね。…そうですね、夕食をここでとって行かれませんか?あと、もし今晩の宿が決まっていないのなら、お部屋も準備しますよ。」
マリエが目を細める。とてもじゃないがその表情は11歳には見えない。
これが王位を継ぐものの雰囲気というものだろうか。
「いいんですか?」
ティエルがその黄昏色の髪を揺らして尋ねた。マリエは快く承知した。
「ええ。そちらの二人の方も」
一瞬、キルスティーンにの顔が引きつったような気がした。昨日のことと言い、彼女はどうやら男性があまり好きではないようだ。
が、とにかく、シーディ達は客用の部屋に案内されることになった。
と、その時だった。
「やぁ、マリエ様。身体のお加減はいかがですか?」
銀の髪に青のメッシュの入った長身の男が背後から現れた。
「ルーク…」
キルスティーンは、途端に厳しい顔になり、何かおびえた様子のマリエをかばうようにしてその男の前に立った。
「そんな怖い顔をするなよ。…つれないなぁ」
ルークと呼ばれたその男はにぃ、と笑った。
「…まぁ、いいか。僕はそろそろ行かなくちゃ。じゃあね。キティ♪」
人を小馬鹿にするような口調だった。キルスティーンは一層厳しい顔になった。
「なれなれしく『キティ』などと呼ぶな…!そう呼べるのはマリエ様だけだ」
それを、さして気にも止めずに、ルークと呼ばれたその男は微笑を浮かべたまま、廊下の奥に消えていった。
「…見苦しいところを見せてしまったな」
キルスティーンがこちらを向く。
「今のは…?」
シーディが聞いた。キルスティーンはため息混じりに言った。
「ルーク・リアム・ギーベル。この町のことを色々と取り仕切っているらしい」
「でも、一般の人がなんで城内に入れるんですか?」
ティエルが不思議そうな顔をした。確か、この城にはちゃんとした門番がいて、そうそう気軽に入れるような状況ではなかったはずだ。
「あいつの兄がこの城内の神官をしているからだ」
「あぁ!思い出した。『ギーベル』ってあの反対派の中心人物!」
レイガーがぽん、と手を叩きながら言った。
レイガーは、思ったことを率直に口に出す方である。
よく言うならば、裏表のない性格、悪く言えば無神経。
…この場合、後者になると思われる。
シーディは顔をしかめながらレイガーを詰る。
「んな事、今ここで言うことじゃないだろう?」
だが、キルスティーンは別段気にした様子もなかった。
「知ってたのか。だが、それは兄の方だ」
マリエが不安げにキルスティーンを見上げた。
「キティ、私のせい…?私がもっと大きかったら、…お父様が生きてたら…」
キルスティーンは、形の良い眉をひそめてうつむく、マリエの髪に手をふれて言った。
「何を言ってらっしゃるんですか。そんなわけないでしょう?少し日が陰ってきましたし、そろそろお部屋に戻りましょうか?」
「うん…」
マリエは軽くうなずいた。
「すまないが、あとはここの者があなた達を案内するから。また夕食の時に」
そう言って、キルスティーンもまた、廊下の奥へと消えていった。
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