第7章 フェローズ家のルーン使い
「に、しても『ブランクルーン』なんてどうやって使うんだ?」
レイガーが問う。
ここは『夜明けの塔』の真下。レイガー、シーディ、ティエル、ゼノンの4人は途方に暮れていた。
「『ブランクルーン』に音はありませんからね…。まさに『空白(ブランク)』」
そう言うゼノンのセリフにシーディが腕を組んで言う。
「だが、ルーンは『音』と『術者の気持ち』が組合わさって発動する」
さっきからここで堂々巡りなのである。
「…他のルーン使いに会えないかしら」
ティエルが提案する。
「うーん、出来ないこともないけれど、ここからちょっと距離がありますよ?」
ゼノンが答える。
「構わない。ここでこうしているよりはいいはずよ」
数日後。
ティエルはレイガーとシーディと石畳の上を歩きながら、出発の日のことを思い出していた。
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「ゼノンはいかない…の?」
ティエルの問いにゼノンは優しく言った。
「ええ。あと、この町にはもう、戻ってこない方がいいでしょう」
ティエルはゼノンを見上げた。
「…そんな顔しないでください。私は、あなたの笑った顔が見ていたいんです。でも、ここにいたら、…この町に戻ってきたら、彼らと別れることになったら、あなたはきっと彼らを思いだして、顔を曇らせてしまうでしょう…。だから、行って下さい」
ティエルは眉をひそめて、今にも泣き出しそうな顔でうつむいた。
その顔をゼノンがのぞき込むようにして、ティエルの柔らかな黄昏色の髪をそっとなでながら声をかける。
「ほら。笑って」
ティエルは目ににじんだ涙を手のひらで拭って、精一杯微笑んだ。
そして、はっきりとした口調で言った。
「負けないから。何があっても」
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「どうしたんだ、ティエル?」
レイガーがティエルの方を見やる。ティエルは心配をかけないように明るい顔をしてみせる。
「ん、なんでもない」
レイガーは、小さく溜息をついた。
「俺の前で無理に笑わなくてもいいから」
ティエルは一瞬うろたえた。と、同時に目の奥が熱くなるのを感じた。
−どうして、私の周りにはこんな人ばっかりなんだろう?
「…ありがとう」
ちょっとうつむいて、レイガーの手を握った。
そのうちに、ルーン使いが住んでいるらしい、家の前までやってきた。
「この家、かな」
レイガーは、メモを片手に、目の前の扉をノックした。返答はない。
「…留守なのか?」
「そうみたい…」
ドアの前で躊躇していると、後ろからいきなり声をかけられた。
「あら?お客サマ?」
そこに立っていたのは、長いブロンドと長身が印象的な女性。
「…フェローズさんですか?ルーンを使う…」
買い物袋を抱えたまま、彼女はティエルの質問に答えた。
「そう、私が、フェローズ家102代当主、セリシア・クウィンティン・フェローズ。…あなたは?」
「ティエル・セルツァーです。ぜひ教えてほしいことがあって、来ました」
ティエルのその言葉には切迫感がにじみ出ていた。
「何かしら…?まぁ、玄関先で話すのもなんだから、家の中に入りなさいな」
言って、形の良い唇をつり上げた。
「『ブランクルーン』の使い方を教えてほしいんです」
ティエルは単刀直入にそう言った。
「『ブランクルーン』は生半可な気持ちじゃ使えないわよ。使い方は至って簡単なんだけどね」
カップの底に残った紅茶を飲み干すと、セリシアは続けた。
「使い方は、『強く念じる』。ただこれだけよ。音は要らないの。『ブランク』だから。でも、念じれば何でも出来るんだったら、私なんか、さっさと世界征服…もとい、好きなことやってるわ。発動させようと思ったら、それだけの、強い『念』が必要になるのよ」
「…でも、使えなきゃだめなんです」
ティエルは事情を説明した。話し終わって、セリシアは頷いて、立ち上がった。
「協力してあげるわ。ちょうど暇だったしね。明日からルーンのこと、みっちり教えてあげるわ」
その夜。
「また…広がってる…」
ティエルは自分に割り当てられた部屋で、一人つぶやいた。
指先、手の甲、手首、肘、と、どんどんモンスターの細胞は広がってきていた。
もう手袋で隠せていられるのも、時間の問題だった。
変化が、最近早くなってきたような気がする。ちょっと前までは、ただれたような感じだったのに、奇妙な模様まで出てきた。ティエル自身も、直視でき難い。
「こんなの…絶対見せられない…」
そう言って、うつむいた。
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