第4章 聖都、プレティシヒア

 一行は目的の都市、プレティシヒアへ向かって、もう一週間にもなる。
 ちなみに、今通っているこの街道の横手には鬱蒼とした森が広がり、出来れば早く通り抜けてしまいたいと一行は思っていた。
 なぜなら…
「そこのにーちゃんよぉ。女と金目のモンをおいてとっとと消えな。そうすりゃ命だけは助けてやるからよぉ」
 …と、言うような、ありきたりなセリフを吐き、三六〇度、どっからどう見ても盗賊ですと言わんばかりの、ごついにーちゃん達が出てくるからである。
 レイガーはうんざりしたように深くため息を付いた。
「これで五組目だったか?」
「いいや。六組目だ」
 シーディがそう、冷静に返しつつ剣に手を掛けた。

 勝負は一瞬だった。

 シーディは剣のつかで、盗賊すべてを一瞬のうちにうまく気絶させてしまった。
「相手の器量くらい分かれ。人によっちゃあ殺されてたかもしれんぞ」
「相手の器量くらい分かれ。人によっちゃあ殺されてたかもしれんぞ」
 気絶した相手に言っても仕方ないと思うが…。
「シーディさんすごーい」
ティエルが感心して拍手する。 
 シーディもまんざらではないようだ。
 レイガーが倒れた盗賊を見て、
「おいこいつら、盗品いっぱい抱えてるぜ」
と、言った。
「次の村にでもしょっ引くか。向こうに見えてるし」
見ると、中程度の村が道の先に確認できた。

 その村についてみると、何となく村全体が騒然としていた。しかし、一行は気にせずに宿を取ることにした。
「まぁ、こんな何もないところによくいらっしゃいましたねぇ」
宿屋のおかみさんが出て来た。シーディは宿帳を書きながら尋ねた。
「なにやら騒がしいが、何かあったのか?」
「ああ、森で得体の知れないモンスターの死骸を村の若い衆が拾ってきてね。新種のモンスターらしいから、冒険者ギルドに登録しようって言ってるんですよ」
「ふーん。見てみようかな」
レイガーが言う。結局、夜まで時間があると言うことで、一行はそれを見に行くことにした。

「これだよ」
 村の青年の一人がかぶせてあった布をとった。次の瞬間、三人は息をのんだ。
 それは、茶褐色に変色し、奇妙な模様が浮き出た皮膚の、異形のものだった。しかし、それは長い耳、背格好が、ティエルと酷似していたのだ。
 ティエルの顔はみるみる青ざめていった。
 それに気付いたシーディは、レイガーとティエルを連れて足早に宿屋に引き上げた。

 そうしているうちに夜になった。
 ティエルはつながった隣の部屋で寝ている。夕食の時もあまり口をきかなかったので、少し心配だ。
 レイガーはもう寝息を立てている。数分前にベットに入ったはずなのに、よほど疲れていたのだろう。
 その隣のベッドで、シーディはごろりと横になってぼんやりと考え事をしていた。
『…得体の知れないモンスター…か。ティエルに似た…なんだか気になるな』

──ガチャ

 そのとき隣の部屋のドアが開いて、誰かが入ってきた。シーディはティエルだと直感した。
「ティエル?どうしたん…」
そう言って体を起こそうとした途端、喉元をティエルにものすごい力で押さえつけられた。
「な…?ティエル?」
シーディはその腕をどけようと慌ててその腕をつかんだが、その細い腕からは想像もつかないような力で押さえつけられて一向にはずれる気配がない。
 ティエルの片手が高々とあげられた。その手の爪が、月明かりにきらめいた。
『──やばいっ!』
 もうろうとする意識の中で、直感的に感じたシーディは、ティエルの顔が、いつもの優しげな顔でないことに気付いた。どこか冷たい感じだった。
『これは…ティエルじゃ…ないっ!』
 そう、自分を説得して渾身の力を込めてティエルをはねつけた。

──ドガッ!

ティエルは思いっきり床にたたきつけられた。その騒ぎで、レイガーもさすがに起きた。
「ど、どうしたんだ?」
せき込むシーディと、床にへたり込んでいるティエルを交互に見て、何が起こっていたのか分からないと言った様子。
「どう…したも…ティエルが…いきなり、首を絞めてき…て」
 ゼイゼイ言いながらのどを押さえて、シーディはやっとの事でそれだけレイガーに告げた。
「ティエル?」
レイガーが声を掛けた。
 途端に、ティエルがわっと泣き出した。自分の肩を抱いて、体が小刻みに震えている。
「こ…怖かった…。自分の意志と関係なく自分の体が動いて…」
「と…とりあえず、今日はもう寝よう。疲れてるんだよ」
 レイガーが提案する。
「で…も、また…こんな事が起こった…ら」
途切れ途切れに言葉をつなぐティエル。
「俺が起きててやる。ティエルは俺のベッドで寝ろ。レイガー、お前もベッドに戻れ」
シーディが、少々乱暴にそう言って、今まで自分のいたベッドの横に腰を下ろす。

 どのくらいたっただろうか。ふと、ベッドのティエルを見るが、変化はない。
 シーディは自分の剣に手を伸ばしていた。その手に力がこもる。
 慌てて、シーディはその手を、自分の反対側の手で押さえる。
「…何を考えてるんだ…俺はっ…」
横のティエルを見やる。さっきのことが嘘のように、安らかな寝息を立てている。
 シーディは大きくため息をついた。
「まだ仮説の域を出ないじゃないか…」
 そう、自分に言い聞かせるように、シーディは一人つぶやいた。

 次の日、早朝に宿屋を後にし、一行はプレティシヒアに昼前についた。
 さすがに都市だけあってメインストリートには露店が並んでいて、人でごった返している。
「しかし、賑やかだなぁ」
レイガーが辺りを見回した。シーディが釘を差す。
「露店ばっかり見ててどうする。目的はティエルについての手がかりを探すこと…っておい!」
 レイガーは露店のおっちゃんとなにやら話し込んでいた。シーディはため息をついた。
「ったく…あいつは人の話をまじめに聞いたためしがない」
 言ってるうちにレイガーが戻ってきてティエルの前に立った。
「はい、これ」
そう言ってレイガーがティエルに差し出したのはきれいな細工物のブレスレットだった。
「私に?ありがとう!」
 ティエルはとびきりの笑顔をして見せた。昨日のことが嘘のようだ。
 と、そのときだった。

──どんっ

「きゃ…っ!」
 ティエルは人に押され、その拍子に、かぶっていたフードが軽い音を立てて地面に落ちた。そして、その長い耳があらわになった。
 道行く人々の視線がいっぺんに集中し、ざわめきが波紋のように広がってゆく。
「魔物(ジン)だ!」
 誰かの叫んだその言葉を皮切りに辺りの人も一斉に騒ぎ立てる。
「そうだ!魔物(ジン)だ!忌むべきものだ!」
「大聖堂に連れていけ!我らの神の裁きを!」
 レイガーがティエルを背に隠し、抗議の声を上げる。
「馬鹿言うな!こいつは魔物なんかじゃ…」
しかしその声は人々の喧噪に空しくかき消された。
「…仕方ない、ここは実力行使で切り抜けるか」
 いつもは冷静で、どんなに時間がかかっても民間人には剣を抜こうとはしないシーディが珍しく、そう言って剣に手をかけたとほぼ同時に、
「何を騒いでいる!」
「何を騒いでいる!」
「何を騒いでいるのかと聞いているんだ!」
再度怒鳴る女性。群衆の一人が言った。
「その女は魔物です!大聖堂に連れてって下さい!」
「だから違うっつてんだろーが!」
半分ブチ切れかけたレイガーが言う。しかし、女性は耳を貸さず、後ろにいた部下に命令した。
「連れてけ!」
あっという間にシーディ達は取り押さえられ、大聖堂にずるずると引っ張られていったのだった。

 大聖堂は町の中心にあった。
 美しいステンドグラスの張られた回廊を歩いていると、一人の人物がやってきた。
 年はシーディ達とあまり変わらないだろう。
 肩の辺りで切りそろえた金の髪にマリンブルーの瞳がよく似合う。
 服装からしてここの司祭クラスの人のようだった。
「おや?バークレー騎士長どうしたんですか?」
「ゼノン様。町で騒ぎの原因と思われる奴らをとらえたので…」
「へぇ…?」
そう言ってゼノンはこちらを見た。
「…ティエル…?」
「…ティエル…?」
 ゼノンと呼ばれるその男は持っていた本を取り落とし、顔を驚愕に引きつらせた。
 驚いているのはティエルも一緒だった。
「私のことを知っているの?あなたは誰?」
ゼノンは静かに言った。
「バークレー騎士長…申し訳ありませんが、この人達を私の部屋に連れていってくれませんか?」
「は?しかし…」
「お願いします。ここは同期のよしみと言うことで…」

ゼノンに頼み込まれ、バークレーは渋々と承知した。

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