第3章 秘められた傷跡

「隣、いいですか?」
 あれから、どうしても寝付けなかったシーディは外に出て、フェリットの家の裏手にある、木にもたれて、ぼんやりと夜風に当たっていた。
「…ああ」
 突然声をかけられたので正直言って驚いた。泣いてるところを見られはしなかっただろうか、とも思ったが、シーディはそれをおくびにも出さなかった。
「寝られなかったんですか?」
「ちょっと夢見が悪くてな」
「僕も…母と父が、モンスターに殺されちゃった日の夢…見ちゃって。もう、とうに吹っ切れたと思ったんですけどね」
「…俺はモンスターが嫌いだ。…というより、はっきり言って、憎んでいる。嫌悪している。あいつらは、俺から大事なものを奪った。『家族』をだ」
 シーディは、吐き捨てるようにそういった。
 けれどフェリットはこう答えた。
「シルディオンさん、それは違います。僕は『家族』をモンスターに殺されたけど、憎んでなんかいません」
「?」
「僕は、モンスターと人間が共存できると思ってます」
「…ばかな。そんなこと…」
「確かに僕の両親はモンスターに殺されました。でも、僕を助けてくれたのもまた、モンスターでした」
 シーディは耳を疑った。
「モンスターが人間を助ける?」
「ええ、僕は森でモンスターに殴られたあと、意識が薄れていくのを感じていました。父も、母もぴくりとも動かなくて、『あ、僕たちは死んじゃうのかな』って思ってて、妙に冷静だったと思います。で、そのあと、別のモンスターがでてきて、僕等を一瞥してどこかに行ったんです。それからそんなに立たない内に、そのモンスターが帰ってきて、そのまま森の奥に行ってしまったんです。そのあとに、『あのモンスターは何処にいったんだ!?』とか言いながら、人が来ました。武器を持ってて、…多分モンスターを退治しようとしてたんだろうと思います。その人は僕を見つけて、慌てて、町に連れ帰ってくれて、治療して、僕を助けてくれたんです」
「それは単なる偶然だ」
 シーディはあっさりと否定した。
「そうかもしれませんね。でも、そう考えた方が、幸せじゃないですか?憎悪という負の感情を持つより、ずっと楽じゃないでしょうか?」
 家族を殺されてもう10年近く。その間ずっとそういう感情、考えを持ち続けてきたシーディにとって、フェリットの考えはにわかには受け入れがたいものだった。
「俺は…そんな風には考えられない」
「いつかは分かりますよ。あなたならきっと」

 次の朝。
「世話になったな」
振り返って、シーディが言った。
「それじゃ、お気をつけて」
 フェリットが、そう言いながら、その小さな手を差し出した。
 シーディは不意に、いくら大人びた話し方をしていても、フェリットはまだ子どもなんだ、と感じた。
 と、同時に、独りだった頃の自分と、フェリットがだぶって見えた。
 同い年の子どもより、ものが分かっていた自分。
 大人にも、子どもの輪にも入っていけなかったあの頃。
 シーディはその手を握り返して優しく言った。
「また、寄らせてもらうよ。…約束だ」
「…!はい、お待ちしています」
 フェリットは子どもらしい無邪気な笑顔を見せた…。

「シーディ、昨日の夜何話してたんだ?」
レイガーが聞いてきた。
「…さあな。急がないと、いつまでたってもプレティシヒアに着かないぞ」
 シーディは適当にはぐらかして足を速めた。
 聖都プレティシヒアまであとわずか。
 真実まで…あとわずか。

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