第2章 長い夜

「あったぞ」
 シーディが一冊の本のページをめくりながら言った。
 今、一行が何をしているかというと、ルーン魔法について調べているのである。
なぜなら、ティエルは古えに失われたはずのルーン魔法を使う。
そもそもルーンとはなんなのか。それを調べることでティエルのことが何か分かるのではないかと考えたのだ。
 で、ここは港町、ユル・リーク。『図書の館』のある数少ない都市である。
「で、なんて書いてあるんだ?」
レイガーが先を促す。
「えっと…」
シーディは木製の脚立の上にすとんと腰を下ろすと、ティエルとレイガーにかいつまんで説明した。
「つまり、ルーン魔法というのは術者の強い思いをルーン文字を介して具現化するものらしい。そもそもルーンって言うのは、文字一つ一つが力を持っているんだ。そして、それを唱えることと、自分の感情が重なって発動する。例えば『ベオーク』なら癒しって言う力を持っているけれど、その対象を癒したいという気持ちがないと発動しない…。こういうことだ」
 そこまで言ってシーディは、はっと手を止めた。
「おい、ちょっとこれ…」
そう言いながら二人にページの最後の方を指し示す。
「なになに…『これらは何百年も前に滅んでしまったが、現在でもテリオット家、フェローズ家、…セルツァー家は純血を保ち、これを使うことができる』だって?確かティエルのファミリーネームは…」
「『セルツァー』よ」
レイガーが皆まで言わないうちにティエルが答える。
「まさかこんなに早く手がかりが見つかるとはな」
シーディが先を読み、説明する。
「どうやらこれによると、セルツァー家は聖都『プレティシヒア』に住んでるらしいな」
「あの町はちょっと距離があるぞ?一体どうやってティエルはあの森まで来たんだ?」
 レイガーの疑問に、シーディが本をもとあった場所にしまいながら言った。
「さあな。だが、行ってみればはっきりするだろう?」
「ま、それもそうだな。出発は早い方がいいな。行こう。ティエル」
「う…うん」
 ティエルはそう言いながら、心のどこかで、言いしれぬ重たい不安感を感じていた。
 しかし、それが何かは分からなかった。

「お探しの本は見つかったんですか?」
「お探しの本は見つかったんですか?」
図書の館から出るときに、カウンターに座っていた少年に声をかけられた。
「ああ。しかし、ここの図書の館はすごい数の蔵書数だな。話に聞いてはいたが、想像を遙かに超える」
シーディの答えに少年がにっこりと笑って言った。
「そういってもらえると、一生懸命方々から集めたかいがあります」
「『集めた』って…君は一体?」
レイガーが不思議そうな顔をした。
「あ、ごめんなさい。自己紹介がまだでしたね。僕の名前はフェリット・ミルエリッヒ。ここの館長をしています。ここの本は全て僕と、僕の父が集めたんです」
「へぇ。そうなんだ」
「ミルエリッヒ…。もしかして君のお父さんは『木馬』を書いた人かな?あの、話題になった…」
 シーディのその言葉を聞くと、フェリットは、はしゃいだ感じで言った。
「はい!父の本を読まれたんですか?なんだか嬉しいな。…と、そうだ、皆さん、宿は取られましたか?」
「いや、まだだが?」
「じゃぁ、ぼくの家においで下さい。何にせよ、この時期、今からじゃ、宿は取れませんよ」
「何で?」
ティエルが尋ねた。
「この近くの森は絶好の避暑地になるんですよ」

 一行はフェリットの家に泊めてもらうことになった。
「…ご両親は今日は居ないのかい?」
レイガーが何気なくフェリットに尋ねた。
「ばか」
シーディがテーブルの下でレイガーの足を蹴飛ばす。
「何す…」
「扉のところ見なかったのか?」
 レイガーにこっそり耳打ちする。その声は少しとげとげしかった。
 フェリットが少し寂しげな顔をして言った。
「父も、母も、2年前にモンスターに殺されちゃったから…今は僕一人なんです」
「あ…ご、ごめん。悪いこと聞いちゃったな」
 フェリットは首を横に振って、さっきとはうって変わって元気よく言った。
「ううん。近所の人もやさしいし、全然さみしくなんか無いです」

 その夜。
 シーディは夢を見た。
 忘れたいのに、忘れられない、『過去』と言う名の『悪夢』を。
 その日はよく晴れていた。シーディは家族と前々から言っていた、ピクニックをかねた森の散策に出かけた。
 その森にモンスターが出るはずがなかった。そう、油断していたせいもあり、気付いたときにはもう遅かった。
 その異形の魔物は、奇妙なうなり声をあげて、シーディ達を鋭い爪でなぎ倒した。
 視界が赤色に染まる。
 薄れていく意識の中で、妹の叫び声を聞いた気がした。

『お兄ちゃん!』
『お兄ちゃん!』
 シーディは跳ね起きた。
 ひんやりとした夜の空気の中、シーディだけが汗びっしょりだった。
 夢だったことが分かっても、耳にあの声、妹の声が今さっき起こったことのように、こびりついて離れない。
 シーディは顔を両手で覆って、ぽつりと妹の名をつぶやいた。
「リーセル…」
 シーディはベッドの上にもう一度横になった。そして、しげしげと、頭の古い、大きな傷にふれながら思った。
『しかし、あの傷で、よく生きていたものだ』
 シーディは大けがを負っていたが、奇跡的に助けられた。
 しかし、両親と妹を守れずに、自分だけが助かったことが、ひどく悲しく、やるせなかった。

 ──こんな夜は、涙が止まらない。
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