WHITE
萩森 直
ある冬の昼下がり。
とは言っても、空気は冷たく、時折吹き抜ける風が、顔をぴしぴしと叩いていく。
そんな日に、一人の少年が、堤防の下の段差に腰掛けていた。
「はぁ…」
少年は大きくため息をついた。その手には一本の釣り竿。
「今日は調子悪いなぁ…」
この少年、小学校が冬休みに入ったことを利用して、朝からこの堤防付近で釣りをしているのだが、場所を変えてみても、ルアーを変えてみても、いっこうに釣れる気配がない。
「もう帰ろっかな…」
少年が釣り竿を片づけようとしたその時。
ばさっ
「うわっ!!」
少年の目の前に小さな、白い花が雪のように降ってきた。
「…な、なんだ?」
一瞬パニックになったが、我に返り、あたりを見回す。
「ご、ごめんなさいっ!」
不意に頭の上から声がした。その声の出所、堤防の上を見ると、年の頃は少年よりも二つくらい下だろうか、一人の少女が身を乗り出していた。
少女はあわてて少年のところまで降りてきた。
「大丈夫ですか?」
可愛らしい声で聞いてくる。
「ああ、俺は大丈夫」
言って、少年は少女があちこちすりむいているのに気がついた。
「…転んだのか?」
少女は答える代わりに、その大きな目からぼろぼろと涙をこぼした。少年はあわてて少女に言った。
「ど、どうしたんだよ?泣いてちゃ分かんないだろ?お、おちついて」
「ひっく…あのね…、このお花、お母さんに持っていくつもりだったの」
少女は泣きながら言った。手で拭っても、拭っても、涙が後から後からあふれてくる。
話を聞いていると、どうやら、病院に入院している母親への見舞いに花束を持って行こうとしていたらしい。が、その途中−ついさっき−転んでしまい、両手いっぱい抱えていた花を離してしまった、ということだった。
「せっかく、お気に入りの場所で摘んできたのに…」
なおも、泣いている少女を見て、少年は荷物を持つと、少女に手をさしのべた。
「おいで」
少女は言われるまま少年に付いて行った。
「ここはなかなか雪が溶けないんだ。…ちょっとまってて」
少年は雪のあるところにしゃがみ込むと、雪を両手ですくった。
「なにつくってるの?」
「こ、れ」
そういって少年が、少女に見せた手には、真っ白な雪うさぎがのっていた。
「わぁ…!」
少女の顔がぱっと明るくなる。
「花じゃないけど、これ、持って行ってあげなよ」
「でも、とけちゃうんじゃない?」
少女が不安げに尋ねる。
「う〜んと、そうだなぁ…。あ、そうだ。これに入れよう」
少年は肩に掛けていたクーラーボックスをおろした。
「今日は一匹もつれなかったから。一応、洗ってあるけど、もし魚臭くなっちゃったらごめんな」
言いながら、少年は、今日、魚が釣れなかったことに内心ほっとしていた。
「ありがとう!」
少女はとびきりの笑顔をして見せながら、その細い腕で、大きなクーラーボックスを抱えて駆けていった。
少年は満足そうにその後ろ姿を見送っていた。
数日後。
相変わらず釣り糸をたれている少年の背中に、不意に、影が落ちた。
「こんにちは」
「あ、この前の」
少年は振り返った。と、同時に少女の手に花束が抱えられているのに気が付いた。
「またお見舞い?」
少女は首を小さく横に振った。
「今度は…お兄ちゃんに…あげたかったの」
そういって、白く、小さい花でいっぱいの花束を差し出した。
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